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父の死去

本日、朝9時過ぎに父が天に還りました。
享年80歳と1ヶ月、9月4日に病室で誕生日を迎え、本日退院し自宅にて父の最後を看取る予定でしたが、病態が急変し息をひきとりました。
約10年前にC型肝炎から肝硬変と飯塚病院に転院後、2度の動脈瘤の手術により奇跡的にある程度の回復はしたのですが、今年の9月1日に入院し腹水を抜き9月17日に退院、その後1週間ほどで病状が悪化したため10月3日に再入院し本日に至りました。 10月3日の2回目の入院からはほとんど食事も取れず体重は落ちる一方、肝性脳症の症状もひどくなり、夜中に病室で暴れることがたびたび、病院からの呼び出しで夜中に母と何度か病院に行きました。 夜中に病室で幻覚により暴れる父、苦しむ父を見て、胸が痛くなり涙しました。 一時は食事も少し食べれるようになり、わらにもすがるような気持ちで父を見守ったのですが、とうとう家に連れて帰ることができませんでした。 2回目に入院時に担当医の先生よりもっても年は越せないということを聞かされていたので、自分なりに覚悟はできていたつもりでしたが、毎日夕方5時過ぎに病室に見舞いに行き父の衰弱していく姿を見るたびに涙が出てしまい、気づかれまいと大変でした。
昨日、本日の退院につき父の介護ベッドを業者さんに設置してもらい、夕方病院に行き、朝から来ている母が今日も食事をとらないと心配していたところ、意識もうろうの父が「お母さん、飯は?」を言い、いったん返却していた手付かずの夕食を5日ぶりくらいに半分ほど食べる姿を見て安心したのですが・・・ただいつもは母と帰るときに「気をつけてな」言う父が、「俺はどうするのか?」と言い、母が「明日、退院だから今日までここで寝てね」と言った時、父が寂しい顔していたのが気にかかりました。 夜中に母が寝ていた時、サッシ戸が2回大きな音を立て揺れたそうです・・・その時、もしかしてと母は胸騒ぎがしたそうです。  看護士さんの話によると夜中に何度も母のことを呼んでいたとのことでした。  私は、父の家の隣に住んでいます。 その後、朝5時前に様態が悪化し呼吸が困難になり脈拍も低下し、駆けつけた私達家族の見守る中で静かに息をひきとりました。
とにかく入院中は、家に帰りたいとだだをこねる父をなだめて、回復を願っておりました。  さぞかし大好きな盆栽の手入れをしたかったでしょう。  毎日、私が病室に行き盆栽の話しをするとうつろな目を見開き楽しそうに話をしました。 病院の先生や看護士さん達にも早く帰って、盆栽の手入れをしないといけないと言っていました。
とにかく父の寿命は仕方ないとして、「家に連れて帰り最後を看取りたかったです・・・心残りでなりません・・・くやしいです。」

父を連れて帰った後、ベッドに寝かせ、最近の父のお気に入りだった「山柿」と雅松園さんから譲っていただいた「小品の姫りんご」を見えるように窓の外に置いています。

このブログを読んで下さっている方の中には、こちらにお越しになって父と話されたかたもおられると思います。
この場をお借りして、生前父がお世話になりましたことを感謝いたします・・・ありがとうございました。 どうぞ父のことをたまに思い出してあげて下さい。

また10年間におよび診察して下さった担当医のM先生や入院中に看護して下さった看護士さん方々にも心よりお礼申し上げます・・・ありがとうございました。

まだ頭の整理がつかず乱文になり、申し訳ございません。

父の葬儀は、本人の希望により近親者のみの家族葬で明日11月8日(土)におこなう予定です。

これからも、どうぞ「嘉松苑」をよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。

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